神戸地方裁判所 平成8年(ワ)1321号 判決 1997年9月30日
原告
大橋勇
被告
髙木竜宏
主文
一 被告は、原告に対し、金四六九万八五七五円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一一九二万四五七一円及びこれに対する平成五年一〇月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負った原告が、被告に対し、自動車損害賠償保障法三条、民法七〇九条に基づき、損害賠償を求める事案である。
なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。
二 争いのない事実
1 交通事故の発生
(一) 発生日時
平成五年一〇月二六日午前一一時三〇分ころ
(二) 発生場所
神戸市垂水区平磯一丁目一番二三号先路上
(三) 争いのない範囲の事故態様
被告は、普通乗用自動車(三重三三ぬ八二一四。以下「被告車両」という。)を運転し、右発生場所にいたる道路を東から西に直進していた。
他方、原告は、自動二輪車(神戸中か三二五五。以下「原告車両」という。なお、原告は、原告車両を「第一種原動機付自転車」というが、総排気量〇・〇九〇リットル(乙第一号証の二)の原告車両が、道路交通法にいう「原動機付自転車」に該当しないことは、道路交通法二条一項一〇号、同法施行規則一条により、明らかである。)を運転し、被告車両の後方を東から西に直進していた。
そして、南側路外にある駐車場に入るために左折を開始した被告車両との衝突を避けようとした原告車両が、歩道の縁石に車輪をとられた後に街路樹に衝突し、原告と原告車両とが転倒した。
2 責任原因
被告は、被告車両の運行供用者であるから、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。
三 争点
本件の主要な争点は次のとおりである。
1 本件事故の態様及び過失相殺の要否、程度
2 原告に生じた損害額
四 争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張
1 被告
被告は、路外にある駐車場に入るに際し、十分に減速し、左折の合図をした上で、左折を開始した。
そして、原告も、原告車両を運転して先行車両を追随して走行するにあたっては、先行車両の動静に注意すべき義務を負っていたことは明らかである。
したがって、少なくとも四〇パーセントの過失相殺がされるべきである。
2 原告
被告は、路外にある駐車場に左折するに際し、あらかじめ準備していたのではなく、左折を決意して直ちに左折を開始した。そして、この際、自車に急制動をかけると同時に、左後方の安全を何ら確認することがなかった。なお、原告は、被告車両の左折の合図を見ていないが、仮に、被告車両が左折の合図をしたとしても、それは左折開始とほぼ同時であって、左折の合図をしていないのと同等の評価しかできない。
他方、原告は、原告車両を運転して、被告車両の後方約一〇メートルを走行し、先行する被告車両が急に左折を開始したのを見て自車に急制動の措置を講じたが、段差のために歩道に上がることもできず、やむなく転倒したものである。
したがって、被告の過失との対比において、原告には過失相殺の対象となるべき過失は存在しない。
五 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
六 本件の口頭弁論の終結の日は、平成九年八月五日である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件事故の態様等)
1 乙第一号証の一ないし四、七、原告本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実のほかに、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故の発生場所は、片側一車線、両側合計二車線のほぼ東西に走る道路上である。
右道路は、北から、幅約一・七メートルの路側帯、幅員約三・五メートルの東行き車線、幅約一・五メートルの車両の通行の用に供しない部分であることが表示されている道路の部分、幅員約三・五メートルの西行き車線、幅約〇・六ないし一・一メートルの路側帯、幅約三・一五メートルの車道と段差のある歩道となっており、道路の北側には、コンクリート壁が垂直に立てられている。また、道路南側には、寿司屋の駐車場があり、歩道を横切る形で駐車場への進入路が設けられている。
(二) 被告は、右駐車場の看板を探しながら、右道路を東から西へ、時速約四〇キロメートルで被告車両を運転していた。
そして、駐車場への進入路の手前約一七・五メートルの地点で右駐車場の看板を見つけ、減速するとともに、右進入路の手前約三・九メートルの地点に至り、左折の合図をするとともに、左折を開始した。なお、この時には被告車両は、西行き車線のほぼ中央部を走行していた。
その直後、被告車両が約一・八メートル進行した地点で、被告は左後方にスリップ音を認め、直接左後方を見たところ、約六・八メートルの地点に原告車両が接近してくるのを認めた。そこで、被告は、被告車両に急制動の措置を講じ、被告車両は約二・一メートル前進して停止した。なお、この時には、被告車両は、西からやや南を向いて停止し、そのすべてがまだ西行き車線内にあった。
(三) 他方、原告は、原告車両を運転し、時速約四〇キロメートルで、本件事故発生場所の手前から、被告車両の後方約一〇メートルの道路左側を追走していた。
ところが、前記のとおり、道路外の駐車場に進入するために、被告車両が急に左折を開始したため、原告は、左側の歩道部分に避けようと思ったが、車道との段差のために果たさず、右段差部分に原告車両の車輪を接触させながら、停止した被告車両の左横をすり抜け、車道と歩道との段差が途切れている右駐車場への進入路部分を経て歩道に乗り上げ、被告車両が停止した位置から左前方約五・八メートルの街路樹に衝突して、原告車両もろとも転倒した。
2 車両は、道路外に出るため左折するときは、あらかじめその前からできる限り道路の左側端に寄り、かつ、徐行しなければならない(道路交通法二五条一項)。また、車両が左折するときは、車両の運転者は、その行為をしようとする地点から三〇メートル手前の地点に達したときに、方向指示器により合図をしなければならない(同法五三条一項、同法施行令二一条)。
したがって、被告が、これらの義務に違反したことは明らかであり、しかも、前認定のとおり、被告は、左後方の安全をまったく確認しないままに左折を開始したのであるから、その過失は誠に重大である。
他方、前認定のとおり、原告車両の速度と被告車両の速度とはほぼ同一であったところ、被告車両が左折を開始したとき、原告車両はその左後方約一〇メートルの地点にあった。そして、車両等は、同一の進路を進行している他の車両等の直後を進行するときは、その直前の車両等が急に停止したときにおいてもこれに追突するのを避けることができるため必要な距離を、これから保たなければならず(道路交通法二六条)、原告はこの義務に違反したことが明らかであるから、原告も本件事故に関する過失を免れない。
そして、原告と被告の両過失を対比すると、他の車両の交通の安全を一方的に妨害する点において、被告の過失の方がはるかに大きいといわざるをえず、具体的には、原告の過失を一五パーセント、被告の過失を八五パーセントとするのが相当である。
二 争点2(原告に生じた損害額)
争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。
これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。
1 原告の傷害等
まず、原告の損害の算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、治療の経緯、後遺障害の内容、程度等について検討する。
甲第二号証、第三号証の一ないし六、第四号証の一ないし一六、第五号証、乙第四号証の一、二、第六号証、第七号証の一、二、第八号証、原告本人尋問の結果によると、次の事実を認めることができる。
(一) 本件事故後、原告は被告車両で慈恵病院に搬送され、同病院で、左鎖骨骨折、左膝打撲擦過傷、頭部打撲、頭蓋内血腫の疑い、胸部打撲、左肩擦過傷の診断を受け、対症療法施行後、神鋼病院に転医した。
そして、本件事故の発生した日である平成五年一〇月二六日から同年一二月二九日まで、神鋼病院に入院した(入院期間六五日間)。
なお、同病院における原告の主な診断傷病名は左鎖骨骨折、頸椎捻挫、両膝打撲であり、右入院期間中の同年一一月一日、左鎖骨骨折に対する全身麻酔下での観血的骨接合術が施行された。
(二) 右退院後、原告は、平成六年一月五日から平成七年五月九日まで、山中整形外科に通院した(実通院日数二八六日)。
右整形外科における原告の診断傷病名は、左鎖骨骨折、外傷性頸部症候群、腰部捻挫、両膝関節捻挫であり、理学療法を中心とした加療が施行された。
また、原告は、これと併せて、平成六年一月七日から神鋼病院整形外科に通院し、五月一一日には抜釘術を受け、同月二七日をもって同病院での治療は終了した(実通院日数一三日。なお、原告の主張する同病院の実通院日数は一二日であるが、乙第七号証の二の一九丁から二三丁までの記載により、同病院における整形外科での実通院日数を一三日と認める。また、甲三号証の四ないし六との対比において、原告は、平成六年四月二五日の通院を洩らしていると推測される。)。
(三) 山中整形外科の医師は、原告の傷害が、平成七年五月九日に症状固定した旨の診断をした。
右後遺障害診断書(甲第五号証)によると、右時点における自覚症状としては、頸部痛、左肩関節痛、腰痛、両膝関節痛を残し、他覚所見としては、レントゲン写真上で左鎖骨骨折が認められ、その手術創が残り、握力がやや低下し、左肩関節、両膝関節、両手指中手指節関節、近位指節間関節を中心に運動制限が認められるというもので、将来の見通しとして、現在の残存症状は存続する可能性ありと考えると記載されている。
(四) 原告の右後遺障害は、自動車損害賠償責任保険手続において、自動車損害賠償保障法施行令別表一二級六号(一上肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に該当する旨の事前認定を受けた(当事者間に争いがない。)。
2 損害
(一) 治療費
合計金一五一万一七一五円であることは当事者間に争いがない(別表欄外の注参照)。
(二) 入院雑費
入院雑費は、前記入院期間六五日間につき、一日あたり金一三〇〇円の割合で認めるのが相当であるから、次の計算式により、金八万四五〇〇円となる。
計算式 1,300×65=84,500
(三) 代替人件費
(1) 甲第七号証、第一二、第一三号証、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時、損害保険代理店業を自営で営んでいたこと、原告の顧客は、以前原告が勤務していた神戸製鋼の関係者が中心であること、本件事故当時の原告の顧客は約一〇〇〇名であり、東は京都から、西は兵庫県姫路市網干区、龍野市、神崎郡福崎町に至る広範囲にわたること、原告の営業は、集金や書類の授受等で直接顧客や関係者のもとを訪れる機会が多いこと、本件事故前は、もっぱら原告が外回りを担当していたこと、本件事故前は、原告の息子の妻である大橋史見のみを雇用して右業務を行っていたこと、本件事故前から右大橋史見を保険契約の締結の代理を行わせる損害保険代理店の使用人として届け出ていたこと(保険募集の取締に関する法律(昭和二三年法律第一七一号)八条)、本件事故後は、原告が外回りをすることができなくなったため、知人三名と自分の妻を雇い入れて、業務を手伝わせたこと、右業務の内容は、集金、事故証明書の取寄せ等の、原告のいわば手足となってする活動に限られ、新規の契約締結はさせていないこと、右知人及び原告の妻は、右使用人としては届け出られていないこと、右業務の手伝いにより、原告の実際の収入は減少しなかったこと、右業務の手伝いは平成七年五月ころまで続き、その後は、本件事故前と同様、原告と大橋史見のみで原告の損害保険代理店業が行われていることが認められる。
(2) ところで、被告は、原告が使用人に自己の業務の手伝いをさせたことは、保険募集の取締に関する法律一八条三項が禁止する無届けの使用人に募集を行わせることに該当し、違法な行為であるから、右違法行為に関する金員の支出は、損害賠償の対象とはなりえない旨主張する。
しかし、不法行為の被害者が支出した金員が損害賠償の対象となるか否かは、右金員の支出が必要なものであるか、相当なものであるかにより判断すべきものであって、前記認定事実によると、原告の代替人件費の支出により原告の収入の減少が避けられたこと、原告が代替人件費を支出しなければ、原告の収入は減少し、休業損害が当然発生したであろうことが認められるから、被告の右主張は採用の限りではない。
なお、保険募集の取締に関する法律は平成八年四月一日に施行された保険業法により廃止されたが、被告の指摘する保険募集の取締に関する法律一八条三項の規定に違反して募集を行わせ、又はその委託をなした者は刑罰に処せられるから(同法二二条一項五号)、その解釈は厳格になされるべきである。
そして、前認定のとおり、大橋史見を除く原告の使用人は、法定の届出がされていなかったが、その業務の内容は、集金、事故証明書の取寄せ等の、原告のいわば手足となってする活動に限られていたところ、保険募集の取締に関する法律の下では、同法二条二項により、損害保険代理店の業務の範囲は損害保険契約の締結の代理のみであって、その媒介を含んでいなかったのであるから、原告がこれらの使用人に募集を行わせ、又はその委託をなしたとすることはできない。
したがって、原告の行為は何ら違法性を帯びないから、この点においても、被告の右主張は採用の限りではない。
(3) 甲第七号証(末尾添付の「平成六年分損害保険代理報酬の支払調書」の写し)、第八号証、第一〇号証、第一二、第一三号証によると、本件事故後である平成六年一月一日から一二月三一日までの原告の収入金額は、金六三四万五〇七五円であること、右期間の使用人に対する給料賃金は合計金二七七万円であること、うち大橋史見に対する給料賃金は金八四万円であることが認められる。
したがって、給料賃金の合計から大橋史見に対する給料賃金を差し引いた年間金一九三万円が相当な代替人件費というべきあり、前記認定の原告の傷害の部位、程度、治療の経緯に照らすと、原告の主張する平成五年一〇月から平成七年四月まで(一九か月)の代替人件費の支払いが、必要かつ相当なものとして、本件事故と相当因果関係があると認められる。
したがって、代替人件費は、次の計算式により、金三〇五万五八三三円となる(円未満切捨て。以下同様。)。
計算式 1,930,000÷12×19=3,055,833
なお、原告の主張する代替人件費のうち、大橋史見に対する給料賃金は、前記認定のとおり、本件事故前から支払われていることが明らかであるから、本件事故による損害ということはできない。甲第一一号証(原告作成の陳述書)の中には、大橋史見に対しては、本件事故前は一か月約金七万円、本件事故後は一か月約金一四万円を支払っており、その差額一か月金七万円が本件訴訟で請求する分である旨をいう部分があるが、甲第一三号証によると、大橋史見に対する本件事故後の給料賃金は平成六年において年間金八四万円であることが認められるから(原告の主張の中には、甲第一三号証の記載が誤りであるとする部分があるが、これが誤りであることを認めるに足りる証拠はない。)、甲第一一号証の該当部分を信用することはできない。
(四) 後遺障害による逸失利益
前記認定の原告の後遺障害の内容、程度によると、原告は、症状固定時(原告は満七四歳)から五年間にわたって、労働能力の一四パーセントを喪失したとするのが相当である。
また、甲第九号証の二によると、本件事故の前である平成四年の原告の収入が金六一九万二二一七円であることが認められ、損害保険代理店業という原告の事業内容に照らすと右収入から経費を控除する必要があり、後遺障害による逸失利益を算定するにあたっては、基礎となる原告の所得をその六〇パーセントとするのが相当である。
そして、本件事故時(原告は満七三歳)の現価を求めるため、中間利息の控除は新ホフマン方式によるのが相当であるから(一年の新ホフマン係数は〇・九五二三、六年の新ホフマン係数は五・一三三六。)、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金二一七万四八八七円となる。
計算式 6,192,217×0.6×0.14×(5.1336-0.9523)=2,174,887
(五) 慰謝料
前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、治療の経緯、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金三七〇万円をもってするのが相当である(うち後遺障害に対応する分は、金二二〇万円。)。
(六) 小計
(一)ないし(五)の合計は金一〇五二万六九三五円である。
3 過失相殺
争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を一五パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。
したがって、右控除後の金額は、次の計算式により、金八九四万七八九四円となる。
計算式 10,526,935×(1-0.15)=8,947,894
なお、被告は、原告の加齢的要素に代表される体質的要因及び既往症が、原告の治療の長期化を招き、損害の拡大に寄与しているから、これを相当程度斟酌すべきである旨主張する。
しかし、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、本件事故当時、原告は健康体であることが認められ、原告の治療の長期化を招いた要因があったことを認めるに足りる証拠はないから、被告の右主張は採用の限りではない。
4 損害の填補
原告の損害のうち、金四六四万九三一九円が既に填補されたことは当事者間に争いがない(別表欄外の注参照)。
そして、右金額を、過失相殺後の原告の損害から控除すると、金四二九万八五七五円となる。
5 弁護士費用
原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告が負担すべき弁護士費用を金四〇万円とするのが相当である。
第四結論
よって、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 永吉孝夫)
別表